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槇(まき)は日本海軍の駆逐艦、松型駆逐艦の8番艦。艦名は楢型駆逐艦の1艦に続いて2代目。 太平洋戦争ではレイテ沖海戦、マニラ緊急輸送作戦に参加、戦後は復員輸送に従事、のちにイギリスに引き渡されたが解体された。 == 艦歴 == 舞鶴海軍工廠で建造され、8月10日に就役〔#最後の海空戦(文庫)22-25頁『「槇」の誕生』〕。訓練部隊の第十一水雷戦隊(司令官高間完少将・海軍兵学校41期)に編入。瀬戸内海に回航され訓練に従事する。9月30日付で第三十一戦隊(江戸兵太郎少将・海兵40期)第四十三駆逐隊に編入された〔『第十一水雷戦隊戦時日誌』C08030127600, pp.52〕〔。航海長が病気で退艦し、後藤が航海長に任命されるまで本艦は航海長欠員だったが、任務は続行された〔。 10月17日、アメリカ軍がフィリピン、レイテ湾のに上陸し、日本軍は捷一号作戦を発動した〔#最後の海空戦(文庫)25-26頁『出撃』〕。この作戦は第一機動艦隊司令長官小沢治三郎中将(海兵37期)が率いる機動部隊(第三艦隊)が囮となって第38任務部隊(マーク・ミッチャー中将)をひきつけ、その隙に栗田健男中将(海兵38期)率いる第二艦隊主力がレイテ湾に突入しアメリカ軍の上陸部隊を撃破するというものであった〔。第43駆逐隊は臨時に第三十一戦隊に編入されている〔#秋月型(平成二十七)潮333頁〕。 10月20日夕刻、小沢機動部隊(空母4隻《瑞鶴、瑞鳳、千代田、千歳》、航空戦艦2隻《伊勢、日向》、巡洋艦3隻《五十鈴、多摩、大淀》、駆逐艦7隻《霜月、初月、秋月、桑、槇、桐、杉》)は豊後水道を出撃〔。10月22日、「槇」は空母「千代田」から重油の洋上補給を行う〔『機動部隊本隊 捷一号作戦戦闘詳報』C08030036600, pp.19,20 〕〔#最後の海空戦(文庫)27-2827頁〕。 10月24日、燃料不足に陥った松型2隻(桐、杉)は小沢機動部隊から分離、沖縄に退避した〔。 10月25日のエンガノ岬沖海戦における「槇」は、空母2隻(千代田、千歳)および戦艦「日向」を中心とする第二群の護衛を担当〔木俣『日本水雷戦史』534ページ〕。朝8時からの空襲第一波で、8時56分に「秋月」が轟沈〔#最後の海空戦(文庫)30-32頁『「秋月」轟沈』〕。「槇」は『我レ、秋月ノ救助ニ向フ』を打電して救助活動を行う〔。また第二群の指揮を執る第四航空戦隊司令官松田千秋少将・海兵44期)の命により救援を行った〔木俣『日本水雷戦史』535ページ〕。続く10時ごろからの空襲第二波で「千代田」が航行不能となり、本艦は軽巡洋艦「五十鈴」とともに「千代田」の救援にあたる〔『機動部隊本隊 捷一号作戦戦闘詳報』C08030036600, pp.47 、木俣『日本水雷戦史』536ページ〕〔#最後の海空戦(文庫)34-36頁『直撃弾「槇」に命中』〕。「槇」は総員退艦準備中の「千代田」に接近する〔〔。しかし「五十鈴」も空襲を受けて後退〔『軍艦五十鈴戦時日誌』pp.6,7,8〕。これを見て「千代田」に接近しようと速度を落としたところ、3発の爆弾が一番砲付近、第一缶室および魚雷発射管付近に命中し、戦死者31名と負傷者35名を出した〔『艦長たちの太平洋戦争 続篇』258ページ、木俣『日本水雷戦史』537ページ〕。「槇」に救助されていた秋月乗組員も多数戦死した〔#最後の海空戦(文庫)38-40頁『襲いくる危機』〕。機関故障と舵故障により、「千代田」乗員の救助は結局出来ずに待避した〔〔。この間の戦闘で敵機5機を撃墜した。被弾後、「桑」が接近して駆逐艦長山下正倫中佐(海兵53期)から「大丈夫か?」と声をかけられる一幕もあった〔雨倉孝之「松型駆逐艦長の奮戦記」『松型駆逐艦』101ページ〕。また単艦で引き返す秋月型駆逐艦「初月」と遭遇、信号を交わしてすれ違うが、このあと「初月」は米軍水上艦部隊に撃沈された〔#最後の海空戦(文庫)42-44頁『死地へ行く「初月」』〕。「槇」は「初月」の奮戦により助かったと言える〔。 海戦後は10月26日16時に中城湾に帰投〔雨倉, 96ページ〕〔。奄美大島に向かい、補給部隊のタンカー「たかね丸」(日本海運、10,021トン)から240トンの重油を補給してもらった〔『機動部隊本隊 捷一号作戦戦闘詳報』C08030036700, pp.12〕。呉に帰投後の10月29日から約20日間、呉海軍工廠で修理を実施した。 レイテ沖海戦で第二艦隊は、戦果のほどはさておいて多数の弾薬を消費した〔木俣『日本空母戦史』791ページ〕。レイテ決戦の夢を捨てきれない連合艦隊では、航空隊を陸揚げして「失業」状態の隼鷹型航空母艦1番艦「隼鷹」を活用して弾薬や軍需品の緊急輸送を行う事となった〔木俣『日本空母戦史』791、792ページ〕。空母の格納庫と高速力は、輸送艦としても適していた〔#駆逐艦隊悲劇の記録146頁『緊急マニラ輸送行』〕。10月27日から11月18日までの第一回輸送を終え〔木俣『日本空母戦史』792、795ページ〕、11月23日に瀬戸内海を出撃して第二回輸送を行う事となった〔『第十一水雷戦隊戦時日誌』C08030127700, pp.57〕。「槇」は第41駆逐隊(冬月、涼月)とともに「隼鷹」を護衛してフィリピンに向かい〔『第十一水雷戦隊戦時日誌』C08030127700, pp.57 、遠藤, 203、215ページ〕、マニラで軍需品を陸揚げしたあと、12月3日に馬公に到着して日本に戻る途中の金剛型戦艦3番艦「榛名」と合流する〔木俣『日本空母戦史』796ページ〕〔#最後の海空戦(文庫)44-45頁『嵐の長崎沖、早朝』〕。 12月6日、馬公を出港して日本本土に向かう。しかし、12月9日未明の佐世保に入港直前、悪天候の中を航行する日本艦隊は野母崎沖でアメリカ潜水艦のウルフパックに発見される。「榛名」より『槇は隼鷹の後につけ』の命令があり、本艦は2隻(榛名、隼鷹)右側を反航して南下、「隼鷹」の後方につく直前に雷撃を受けた〔#最後の海空戦(文庫)46頁〕。 「隼鷹」は米潜水艦レッドフィッシュ (''USS Redfish, SS-395'') の魚雷が2本命中。中破したが佐世保に帰投することが出来た〔#駆逐艦隊悲劇の記録152頁〕。続いて潜水艦シーデビル (''USS Seadevil, SS-400'') と潜水艦プライス (''USS Plaice, SS-390'') が攻撃を行い、シーデビルは0時28分に魚雷を4本発射して、それは戦艦か空母に命中したと判断された〔「SS-400, USS SEA DEVIL」p.83,84〕。プライスは1時28分と31分に魚雷3本と4本をそれぞれ発射して、3本のうちの2本と4本のうちの2本の計4本が照月型駆逐艦に命中して撃破したと判断された〔「SS-390, USS PLAICE」p.150,151,152,153〕。いずれかの攻撃にせよ艦首に魚雷が1本命中して艦首を喪失〔#最後の海空戦(文庫)48-50頁『艦首をもがれた「槇」』〕。長崎港に回航して調査の後、佐世保に帰投した〔『第五艦隊戦時日誌』C08030019900, pp.32〕。槇駆逐艦長石塚栄少佐(海兵63期)の証言によると、回避運動を取るとその魚雷が「隼鷹」に向かってしまうため、回避運動をとらずにわざと艦首すれすれに魚雷を当てたともいう〔『艦長たちの太平洋戦争 続篇』260ページ〕。後藤英一郎(槇航海長)の証言によると、左前方から魚雷が接近したため右旋回をやめて直進したという〔#最後の海空戦(文庫)47頁〕。「榛名」は『五島沖にて敵潜水艦の攻撃を受け、槇、轟沈』と発信した〔#最後の海空戦(文庫)51頁〕〔#駆逐艦隊悲劇の記録153頁(涼月砲術長は、敵潜攻撃に向かった駆逐艦「松」は帰投しなかった…と回想している)〕。その後、三菱長崎造船所で1945年(昭和20年)3月15日まで修理に当たった。またこの時大型水中聴音機も装備した。修理完了後は呉に回航された。 4月6日から7日の大和特攻では、「花月」(第三十一戦隊旗艦)および「榧」とともに、前路掃討隊として豊後水道出口まで艦隊に随伴した〔雨倉, 104ページ〕。以後は瀬戸内海で数回の対空戦闘を行ったが無傷で、終戦時は呉に在泊していたとも〔『日本海軍史 第7巻』〕、「榧」「竹」とともに山口県屋代島の日見海岸に疎開し、そのまま終戦を迎えたともされる〔『聯合艦隊軍艦銘銘伝』、『艦長たちの軍艦史』、『艦長たちの太平洋戦争 続篇』〕。10月5日に除籍。12月1日に特別輸送艦に指定され、復員輸送に従事。1947年(昭和22年)8月14日〔#最後の海空戦(文庫)54頁〕、賠償艦としてシンガポールでイギリスに引渡された。その後、「槇」は解体された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「槇 (松型駆逐艦)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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